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菓子屋横丁 今秋復活へ(読売新聞)
読売新聞2016/02/09
読売新聞に菓子屋横丁の復興計画が記事になっていました。大きく取り上げて頂いているようです。
| 川越 | 11:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
再建へまず一歩(東京新聞)
東京新聞160205
東京新聞からの電話取材を受けました。
| 川越 | 11:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
川越・菓子屋横丁 再建始動(毎日新聞)
毎日新聞2016/01/13
毎日新聞に菓子屋横丁の記事が取り上げて頂けました。
| 川越 | 10:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
時の鐘の銘文
時の鐘昨年末に除夜の鐘で「時の鐘」に登った時に撮影した写真の一枚です。鐘の南東面を撮影していますが、ここに本来ならば造営委員の名前と警備費義捐者指名がある筈なんですが....。夜で強烈にフラッシュをたいていて読めない....。その前に幾ら拡大しても文字がある事すら解らない...。他の三面は、一応読める。(北東面は、川越大火があって焼け落ちたので○○して作ります的な事が書いてある。南西面には、川越町長から町議会議員、町区長、区長代理者の名前。北西面には、鋳成日と鋳物師の名という感じである。詳しくは、「大江戸・小江戸川越 時の鐘ものがたり」に全文掲載されているので参照してください。
さて、今日は撮影失敗の話をしたい訳じゃなくて....この失敗した面に出ているはずの人物についてである。
ここには、先程も触れたが造営委員として7名...これは、地元の人?って事だと思います。次いで「警備費義捐者指名」では、
従四位勲四等 渋沢栄一
従五位 平沼専三、
正六位 原 善三郎
文学士 高田 早苗
在横浜 茂木 惣兵衛
    加藤 政之助
従五位勲五等 直中 忠直、
在東京 桐原 拾三
在東京 山中隣之助
の9名の名前が出ている筈なのですが、写真のとおり全然写っていなくて残念!来年再度チャレンジします。
さて、この「警備費義捐者氏名」は、北東面の銘文の中では、「当此時銀林君綱男高田君早苗等会本県出身之士於東京広檄千四方奨義捐集金数千円救済之資殆足....」となっていて県知事の銀林綱男氏と高田早苗氏ら本県出身の士東京に合いし、広く四方に檄して義損を奨め...という事らしい。
で、上記名簿の9名を観るとなるほど、埼玉県に関係する有名人?ばかりですね。
(上記でリンク無い方は、不明ですが...)
ただ、「在横浜 茂木 惣兵衛」との繋がりがイマイチピンと来ません。
明治の横浜を代表する商人ですので、生糸・織物の関係か?→川越織物市場と関係してくるのか?と思いきや織物市場は明治43年に建てらてるし、茂木惣兵衛自体が明治27年に亡くなっているので、ちょっと筋が違う。

では、なぜ?義捐金を出したのか?という疑問を解決してくれる話です。
江戸時代の前から続く南町の名主の子孫が当時「茂木商店」の総支配人をしていた様です。
明治26年の川越大火は川越だけの大きな話では無かったのでしょうね。明治天皇も御下賜金として1500円を賜っている事からもわかるように...。総支配人の実家のある町で大きな火事があり、町のシンボルでもある時の鐘を復活させようって云うなら義捐金を出すよ!と云ったかは不明ですが...

別の視点から考えると、総支配人に成るぐらいの商才があった人ですから、同じく義捐金を出している「原善三郎」との関係も考えないといけないかもしれません。当時の日本の主要貿易品の生糸の取扱で横浜の取扱を茂木惣兵衛と原善三郎の二人を含め5家で74%を占めていたようですから、ライバル関係にあった?と思います。そんなライバルが自分の故郷(実家もろとも焼失している)の復興に義捐金を出すのですから、負けてはいられない筈です。本当は、自ら義捐気を出していたのかもしれません。
ただ、そこは、トップと総支配人の差が出ますから、名義はトップ同士にしたのかもしれませんね。

いずれにしても推測の域はでませんが、横浜と川越との関係がこんな所にあるのか〜って時の鐘を見上げてみるのも良いかもしれませんね。
| 川越 | 19:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
Unbuild
三芳野名勝図会今年最後のお仕事?って事で近くの病院へ行ってきました。数日前に手術をされた後で、すかっり痩せてしまっていましたが、不思議な依頼を受けました...。
って云っても、最近自分でも何屋?か解らない様な事ばかりなので全然気にしていないんですがね。
Unbuildってタイトル通りなんですが、建っていた?のかな?ちょっと資料をよく読まないとその辺は解らないですが、そんなものを復元するってお仕事です。当然、Unbuildなので建ちませんが...(笑)
ただ、数行の文言からってのが難題です(涙)
関連して、今日は除夜の鐘で「時の鐘」を衝きに行きますので、色々と撮影してくる任務も...。
それで、ホントに今年が終わりです。(恐らく年越しちゃうだろうな〜)

| 川越 | 16:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
伝建地区ブロック会議
会場昨日は、平成24年度全国伝統的建造物群保存地区協議会 関東・甲信越静ブロック会議に講師?として出席してきました。

各伝建地区伝建担当者の行政の会議に民間団体の一員として出席し、日頃の伝建地区内での活動や問題点などを発言...。
川越に限らず、どこの伝建地区でも程度の差はあるにしても、ほとんど同じような悩みを抱えている事を確認出来ました。
意外だったのは、「修景」という言葉に対する認識の違いが大きくある事でした。
奥深く理解できたわけではないですが、個人的には、え〜それで良いの〜?って感じを凄く受けました。
もっと勉強しないと駄目なんでしょうね...。反省
| 川越 | 12:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
正座
門今日は、お庭の綺麗なお宅に二案持って伺った。
写真案が、私としてはやりたいな〜!
でも、多分…あちらだろうな〜。
ところが、こっちが良いって話でラッキ〜!

まぁ〜それはおいて置いて。
長時間(2時間ぐらいかな〜=短い?)の正座に、私の足が…完全に他人の足となってしまった。
サラサラ血液じゃないのに、正座なんてするから...。
ここまで、動かなくなったのは初めてで修行が足りてないんでしょうね。
かと言って、こけたりはしませんでしたよ!
ふんばりに踏ん張りまして...足をそ〜っと引きづりつつ前進して帰路につきました。
| 川越 | 15:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
修繕完成!
門扉写真は、昨日の夕方!ここ1〜2カ月?で修繕がようやく完成しました。
一番街の新しい景観?の一部になれたかな?
夜景を撮影しようと出かけて三脚かまえ出したとたんに、雷の嵐!ほとんど撮影する時間なくとりあえずシャッターを切る。
ちなみに、歴史的背景を少し....。
写真左手の大きな門扉(車の出入口)部分は、写真の奥に写っているビルの建物部分も含めて店蔵が建っていた様です。その店蔵の脇の出入口部分が写真右の御影石(全部無垢材です)のゲートです。
話によると、川越大火直後からこの形式だったとの事ですので、明治26年以後の形となる。
建具自体は、両開きではなく、片開き(写真左手が吊元で)の一枚で、通用口がその中にあり、鉄製だったようです。御影石の柱には、その時の丁番の跡が残っている。
平入りの店蔵の脇に石造のちょっと洋風な入口が付くという形態と、今回復元したアーチの照明が、明治の川越の雰囲気を伺わせますね。
| 川越 | 14:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
色の感じ
インターホン先週、韓国(ソウルと水原)へ行ってきました。行っている間、ず〜っとただひたすら歩く!歩く!1日8時間以上は、確実に歩いたと思います。帰国後、足の裏の皮が...しばし歩行困難に成りましたが、韓国はイイね!
そのうちに韓国建築の話をUPしようと...。
さて、帰国したらすっかり梅雨明けでここ数日の猛暑の中で現場に立ちうのも体力の消耗は激しい。
今日は建具の取付に、ポスト・インターホンの設置でした。
よくあるパターンですが、本体の前にカバーしてる訳です。
そして、穴の開け方も、本体次第なので、デザインも糞もありません...。
そんなのは、どうでも良くて、この色というか、テクスチャーが愛おしいでしょ?
押しボタン...イマイチよく撮れていませんが...叩いた痕跡が不規則に光る感じです。
韓国には、無かった味です。
川越の鍛金作家Y君にお願いして作成頂きました。
取付の途中でポストの蓋を落とし少し曲げてしまった...Y君ごめんね。
| 川越 | 21:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
今日の出来事
アルバム今日も暑かった!熱中症になるんじゃないかと心配だったけど、またまた今年4件目の実測へ。
調査対象物自体はとっても小さいので、午前中と午後にちょっとで終わりました。
さて、調査に行った時に、知り合いのA大工さんも来てまして、そこの若い子が一人居ました。
観た感じ何となく会った事あるような....と思いつつ、まぁ〜大工さんの所に行った時にでも会ったのかな〜って思っていたんです。
その後、その子から挨拶に来てくれて、今年入ったばかりだということ。
さらに、昨年川越で行われた全国削ろう会の時に、当時高校生で手伝いに来ていたと....。
お〜〜!思い出しました。
朝から晩まで猛暑の中、肉体労働に嫌な顔せずに積極的に手伝ってくれていた子だ!
頑張ったからと云って、スタッフTシャツを最後にもう一枚プレゼントした記憶(実は、XLが余ってしまってたので...)
大会時点では、まだ就職は決まっていなかったらしいのですが、あの大会が一つの契機になってるかはわかんないけど、そういう意味はあったと思うとやって良かった。良い所に就職出来て良かったね、H君頑張ってね〜!

さて、調査の方ですが...。一人黙々と測っていると、奥様がなんか古いアルバムを持ってきてくれました。
それが、写真の一枚です。現在は、銅板葺きになってる部分が、昔は、桧皮葺きだったようです!
数年で駄目になって今の形にしたそうです。
住宅で桧皮葺か〜...。しかも家の中に何故か?神輿があるぞ...。後に町に寄贈されたらしい。
で、目的の部分の写真もバッチリあったのですが....。
う〜〜〜ん。イマイチだ....。
古い家では、復元!復原!ばかりの最近だが、こいつは、ビビッ!って来ない(涙)
屋根は良いけど...これに戻すのはな〜....。
まぁ〜位置も変わってしまったし、昔に戻せって話じゃないから良いけど...。
何でも、かんでも昔の物が良いって訳じゃないな〜と。
| 川越 | 23:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
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