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岩崎勝平の視線
昨日の続きで考察を行う。
残っている写真で確認出来る2枚の写真(昭和26〜27年撮影・昭和30年代撮影)とほぼアングルは同じだが、違う点は、一番街の通り自体を描いていない事。メインは、恐らく瓦の屋根の町並みの中に埼玉りそな銀行(現存)と川越貯蓄銀行(現存しない)って事になるのかな?
では、この絵は、何処から描いたか?って事を考える。
写真は、山吉ビルの屋上から北方向に一番街を撮影している。
岩崎勝平のスケッチは、もっと奥(一番街からみて西方向)からのアングルである。
遠近法の感じからも写真は、屋上(3階に北面の開口が無いので間違いない)であるが、それより少し低いアングルである。そう考えると、現在の山吉ビル奥にあった木造洋館3階建ての3階の窓から眺めてのスケッチだったと予想出来る。(木造洋館3階の方は、パラペット付きだが勾配屋根で一般人は、上がれなかったと思われる。)
スケッチ自体は、1952年のようであるので、当時は「丸木百貨店」(まるひろの前身)の時代だ!
1983年には、この洋館木造3階建ての建物は、解体されているので、このアングルから今は見る事が出来ない。
しかし、百貨店の窓からスケッチをする姿を思い浮かべると、色々な思いが浮かんできます。
だいたい、描いたものがこんな使われ方するなんて絶対に思っていなかっただろうな〜って...。
| 町並み | 12:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
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